PROFILE







IZUMIのプロフィール




伊津美 敬 IZUMI TAKASHI




1981年12月3日生まれ、血液型はB型




東京都品川区在住 山口県山陽小野田市出身




職業は、運営4年目の企画会社/広告業、




株式会社IZUMI PROMOTION 代表取締役プロデューサーです




こんな会社です。







リアル営業だったり、ウェブプロモーションだったり




ウェブや撮影の制作業務であったり、テキスト書いたりと




「企画会社」と名乗っています。




広告代理店というと代理の要素が強いのですが




うちの場合、自身/自社でつくっています。








己で語る自叙伝。




さて、時系列で自己紹介を語ってみます。




クッソ長文なので時間あるときに読んでください。




苗字の「伊津美」、珍しい名前ですが本名です。よく偽名か当て字かと聞かれました。(「三都主」「闘莉王」的な)




日本に20人しかおらず、「伊」は伊勢または伊豆を表す。とのこと。

https://myoji-yurai.net/searchResult.htm?myojiKanji=%E4%BC%8A%E6%B4%A5%E7%BE%8E



(たしかにドライブとなると伊豆方面に車を走らせるかもしれない。本能的に好きなのかもしれないです)




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1981年、山口県の山陽小野田市という関門圏の小さな町に生まれました。




親父は企業戦士。母親はピアノ講師、じいさんはバイク屋からの自転車屋。平和な家庭。




ちなみにガキのころ、バイオリンをやっていました。ボンボンかよ(ただし15才までは)







少年期、愛するモノは ビックリマン、ミニ四駆、愛読書はコロコロコミック。




わりと隠キャですね〜













卓球部キャプテンからの、中学はストⅡの鬼。プロレスは新日本プロレス。




卓球は俺自身は弱かった。けどチームに鬼強い奴が二人いた。チーム戦では3手とった方が勝ち。俺はまとめる役。他力本願ですわ笑




同時期、ストII(CAPCOM社)の鬼に。地元大会で優勝(使用キャラ:ザンギ、ベガ)




自分どこ中? いまも対戦者求む。




ただ、聖地・秋葉原や西日暮里のゲーセンではまったく勝てなかった(-_-) (eスポーツに向けて頑張りたいぜ)











中三のとき、ビジュアル系ブームが到来。




15歳で、Xのライブビデオ「破滅に向かって」に衝撃をうけ、エンタメ人生開始!( GLAY、ラルク、黒夢なども)



クラスメイトでピックを集めるのがキッカケで




忘れもしない大阪のワタナベ楽器の通販でギターを買う。(junoのボルトオンのレスポール)




(とりあえず読んでる方、ギター持ってないと話できないんで、⬇︎のレスポールをポチりましょう)







文化祭にてデビュー。GLAYのBELOVED。(イントロ弾けただけでモテた)




同時期、駅前の蕎麦屋のおっさんが古いハードロックを教えてくれて大量にビデオをいただいた。ゲイリームーア、ヤードバーズ、レッドツェッペリン、クイーンetc








高校は「バンドをしに行く」と思っていたからできるだけチャラい高校のがバンドできると思っていた。




その後、世間はハイスタなどのメロコアブーム。




同級生でバンド結成。バンド名は THE1:1(タイマン)




山口県内コンテストやYAMAHA主催のコンテストなどで入賞。




広島や福岡・北九州でも活動。高校生にして、「これでイケる」と未来は明るかったぜ。




あなたの知らないページ




しかし、10代の衝動は持続性とは別のモノ。残念ながらバンドは解散。




夢が砕けた先、アルバイトした工事現場で爆発事故。兵庫県は姫路市に現実逃避。




・・




毎晩、暴走族が走る姫路駅で弾き語りをするなどし生活。




ライブハウス、ケントスで聞いた「六本木」という単語に電撃が走り、こうしちゃおれんと、一度、山口に帰り、上京資金作り。時代は2000年直後にも関わらず..




矢沢永吉氏著書「成り上がり」の読みすぎで夜行バス、コネなし、単身上京。




「バイトでバンドマン、風呂なしアパート、貧乏だが夢だけがある」生活。




リハーサルスタジオなどでも勤務しましたが。警備員、倉庫番、債権回収や夜の仕事、たくさんバイトしたな笑




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2005年(25才)ごろから、自身の作詞作曲するロックバンド「未成年」のボーカル/ギター、ソングライター/リーダーとして活動。

https://rooftop.cc/news/2012/07/03121352.php







機材車に発電機などをフル装備した路上ライブで集客をし、新宿ロフトや下北沢シェルターなどのライブハウスで活動。




ワンマンライブや全国ツアー、イベント主催など企画、「全国のライブハウスにステッカーが一番多く貼ってあるバンドとして噂される」とかしないとか。(とりあえず目立ちゃいいって発想)




2010年、2011年、サウンドプロデューサー松隈ケンタ氏プロデュースにより、2枚のCDフルアルバムと、ライブDVDを発表
自主マネジメントで受託レーベル LOFT RECORDS、スペースシャワーミュージック と契約。




しかしその後、惜しまれつつもバンドは解散。




生まれも育ちも違うメンバーが東京で一致団結し、三十路を前に人生を賭けた。そこになんの曇りもなかった。




業界のことも何も分かっていなかった。がむしゃらだったが、がむしゃらなだけでは登れない壁があった。




しかし清々しい気持ち。全国の魂で繋がれる方々と出会うことができた。いまだにやりとりを行える仲間もいる。




この20代の経験があったからこそ、今、生きている。










それに、歌は生きている。ぜひ聞いてみてね





バンドが解散した30才ごろからは




ソロ活動を経てアーティスト活動を停止。
その後、DTMやyoutubeブーム時代にソロ活動をへて




JCOMさんには大変お世話になりました。

https://www.youtube.com/watch?v=tkg6LUnTcgg









本気カヴァーと題して再生回数10万回以上









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芸能事務所でマネジャー勤務や業界裏方を経験。




いま37才で、起業して4年目。




昨年2018年9月に自己資金で法人にした。ケツ持ちはいない。




自分の見た感じた経験を、責任もって切り売りしている。




企業、メーカー、ブランド、ショップ、アーティスト




様方が、俺のパートナーです。




ジャンルや業種、規模感や場所や街は関係なく




共鳴できる方と組みたいと思っています。




実際、お取引として




年商億の老舗の企業さまから




スタートしたての個人事業者まで




多岐にいらっしゃいます。




Yahoo!ニューストップに掲載されるイベントを作るのは命がけなこと。オリコンランクに叩き込むのもそう。

https://spice.eplus.jp/articles/69120
https://nikkan-spa.jp/1163743



勇気もない臆病者の第三者目線、ただ乗っかりたいだけの人、、いろいろいたな。通り過ぎただけの人々だった。




手を組める人は価値のある人。




「加わってもらって助かった」と言ってもらえることが幸せを感じれます。そんなスタンスです。




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大きなことを言うと




「強い者が強い」のは「当たり前」で




たまに「強い者」が「強さを維持をしたい」とご用命をいただくことがありますが、




それよりも「弱い者を強くしたい」ことに自分の存在意義があるとも思っています。




このブログサイトは、会社も4年目を迎えたということで




ちょっと調子コいて立ち上げた個人的なブログになるので




本音で、感情的に、体裁を気にしないで




書き綴ろうと思っています。




困っている、突破口を開きたい、




身近に感じていただけたら幸いです。




よろしくどうぞ。 IZUMI




イヅミプロ、通常業務のご相談、大歓迎す。










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